あっと思った瞬間、濡れた草を踏んづけてすっ転ぶ。そのまま勢いが止まらない。空の青、草の緑、土の茶、青臭い匂い、土の湿っぽい匂い、全部ごたまぜになって坂の下まで転がっていった。声も上げられない。体中泥まみれで、口の中にまで入った。疲労でぐったりとして、しばらく起き上がれない。地面が硬い。全身が痛い。すりむいた膝小僧がじんじんする。
どうしてこうなんだろう。どうして思った通りになれないんだろう。どうしてうまく出来ないんだろう。もっとちゃんと出来るようになりたいのに。
ひどく惨めな気持ちになりかけたその瞬間に、胸のすくような大笑いが響き渡った。
「うわははは、すっげー! 楽しい!」
何でだか知らないがすぐ隣で屠自古も転がっていた。同じように草まみれになっている。一緒に坂の上からごろごろ転がってきたようだった。
「……君たち、何やってるんですか」
丘の上から神子が降りてくる。呆れたように二人を見下ろす。屠自古の手を取って起き上がらせようとする。
「ちょっと神子! ちょー楽しいコレ。布都が見つけた新しい遊び! 坂の上からごろごろ転がるの。もっかいやろ、もっかい!」
ばんばんとわたしの背中を叩いてくる。息が止まりそうなくらい強い力だったけれど、嬉しかった。そうやって自分のしたことを褒められるのは初めてのことで、涙が出そうだった。
「あーあ、泥だらけじゃないですか。まったくもう」
「ばーか、楽しけりゃいいんだって」
二人の声を聞きながら、目の前がじわじわ滲んでいくのを袖でぬぐった。はじめて友達が出来たことがこんなにも嬉しいなんて思ってもみなかった。
それから、三人で力一杯遊んだ。かけっこ、たかおに、水切り、かくれんぼ。夕暮れ近くなって、ぼろきれみたいにくたくたになって、立ち上がれないわたしを屠自古がおぶって蘇我の家まで連れて帰ってくれた。
「布都はチビ助だなあホントに。名前負けしないようにしなくちゃ」
「んぅ……ごめんなさい」
「謝るなって。もっと偉そうにしてたらいいの。あんた、一応うちの親父の妻ってことになってんだからさ」
暖かい背中が気持ちいい。歳は二つしか違わないのに、こんなに安心するなんて。
「とりあえずしゃべり方から偉そうにしてみたらいいんだよ。『我』とか使ってさ」
「わ、我……?」
「そうそう。『苦しゅうないぞ。我の身体を運ぶ光栄をとくと味わうが良い』ぐらいの感じでさ」
言いながら、神子も屠自古も笑った。わたしも、声を出して笑った。
夕焼け空の雲の下、烏が帰る。わたしたちも帰る。
その時ばかりは、いつまでもこんな風に笑っていられるような気がしたのだ。