ルキオラ・クルキアタの生涯

 彼女の方が先に歩く。ずいぶんと速かった。見ているだけではそう早足に見えないのに、すっすっと大股で歩いて行き、気がつけば私よりも遠くにいる。私は時々走って追いつかないといけなかった。待って欲しいと呼びかけるのも悔しくて、私は歯を食いしばって必死で追いかけた。
 砂埃の立ちやすい、粘土質が乾いた道だった。道の両端には小さな白い野菊が優しく笑いかけるように咲いていた。ごく緩やかな上り坂が続いていて、両脇の草原はずいぶんと高く伸びて私の腰あたりまであった。暮れなずむ夕日を浴びて白菊の花びらは金色に染まっていた。
 彼女は時折立ち止まり、しゃがみこんでは何かを小声で話しかけてはうなずいて、そうして一輪だけ選んで摘み取った。
「姫女苑、春紫苑。皆、ごめんなさいね、来るのが遅くなってしまって」
 彼女は本当に済まなそうに詫びた。里を焼き払った時に見せた、あの傲慢そうな様相は欠片も見えなかった。
 私は共にしゃがみこみ、花に触れてみた。かさりと乾いた感触がした。
「この花(ひと)たち、おばあさんだね」
「分かるのね」
 こっくりと私はうなずいた。
 触角でも匂いが分かった。暑さに枯れかけた葉の先や、過密して僅かに根腐れを起こし絡み合った側根などが独特の饐えた匂いを放っていた。
 この花は夏の盛りに咲く種族ではないのだ。春の終わりから夏のまだほんの始まりの間にささやかな白い細い花びらをどうにか綻ばせ、あとは辛抱強い種を落として日照りを避ける。王の訪いを待ち続けているのはさぞかし大変だったろう。
 花たちの中にはごく僅かに紫がかるものが混ざり、それはどことなく老婆の羽織る古びた羊毛のケープの風合いに似ており、そう考えるとさんざめくように揺れる葉擦れの音は上品な老婦人が追憶の微笑を浮かべているようにも感じられるのだった。
「君はどうして花を摘むの」
「どうしてかしらね」
「摘んだら死んでしまうのに」
「そうね」
 幽香は静かにうなずくと、また立ち上がって歩き始めた。私は慌ててそれに追随した。