あらすじ
――1マイルより広い向こう側へ。
にこと真姫の初めてのデート(?)を描いた表題作の他、凛と花陽が西木野家にお呼ばれするお話「ぼくたちは君のピアノ」他、全三編を収録した西木野真姫中心の短編集。
――1マイルより広い向こう側へ。
にこと真姫の初めてのデート(?)を描いた表題作の他、凛と花陽が西木野家にお呼ばれするお話「ぼくたちは君のピアノ」他、全三編を収録した西木野真姫中心の短編集。
真姫をアイドルのライブに誘ってみたら、私でいいの? というような返事が来て面食らった。
「にこは真姫ちゃんを誘ってるんだけど」
「あ、うん。そうじゃなくて。その、花陽とかの方がアイドル好き同士で盛り上がれるし」
そんなつまんないことを言うから、思わずむっとして、ほっぺたをつねってやった。
「馬鹿じゃないの。真姫ちゃんと行きたいの。このライブは」
にこがそう言い張ってやると、む、と口を引き結んで、それから真姫はためらいがちに小さくうなずいた。
川向こうにある中くらいの大きさのイベントホールまでは、秋葉原から歩いて二十分ぐらいで着く。電車で行けばすぐなのだけれど、天気が良かったから、秋葉原で待ち合わせをして歩くことにした。物販に死ぬほど並ぶことは分かっていたのだけれど、少し歩きながら話をしておきたいと思った。
「別にねえ、アイドルのライブの醍醐味っていうのは、光り物をぶんぶん振り回して叫ぶだけがあるべき姿ってわけじゃなくて……」
というようなことを、歩きながらとうとうと演説したのだが、真姫がきちんと聞いていたのか分からない。真姫は歩道をずんずん先に行ってしまって、にこはそれを追いかけるだけで精一杯だ。
二人でのんびりと散歩をするというには少し早歩きが過ぎるようだった。何を急いでいるのだろうと、いぶかしく思った。
「もう少しゆっくり歩いてよ」
にこがそう言うと、真姫は首だけで振り返って、尋ねた。
「いいの?」
「何が」
「なんか、物販とか、すごく並ぶって、聞いて」
そこまで言うと、真姫は小さく自分の髪を指に巻き付けて、口ごもった。にこは彼女の言わんとしていることが正直よく分からなかった。小さく首を傾げる。
「あるけど、本気で欲しいものは通販で済ませてるし、パンフはまず売り切れないから平気」
ひとまずは事実を答えた。真姫は少しだけ目を見開いて、それから大きく息をついた。
「それならそうと先に言いなさいよ。急いじゃったじゃない」
「……あれ? もしかして」
アイドルグッズを買うかもしれないにこのために、道を急いでくれていたのだろうか。
えっ、真姫が?
あのクールで冷静沈着なあの真姫が?
お嬢様で高飛車でナルシスト丸出しのあの真姫が? 初めて彼女とデートするオトコノコみたいに、何も言わないまま変に気を回してくれちゃったりとかそういうことを? するの? 本当に?
にこは思わず吹き出してしまった。
「ちょ、ちょっと何も笑うことないでしょ。ひとが真剣に……!」
顔を赤くして真姫は抗議する。にこはとびきり嬉しくなって、背伸びをしてその頭をなでてやった。